旧・望月志乃の ひびわれたまご blog.shinoegg.com

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター望月志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

発達障害者は劣等種なんかじゃない

どうも。望月志乃です。

今日はちょっと、“わたしらしい”ような、“わたしらしくない”ような、そういう記事を書こうと思います。

 このブログに寄せられた批判の数々を思い出す

「発達障害者は子どもを産むべきではない」であるとか、

「発達障害者は、生まれてくるべきではない」であるとか、

「発達障害者は、社会にとって害でしかない」であるとか、

「他人に迷惑をかける存在であることを自覚しろ」だとか、

本当に目を疑うような、心無いコメントを沢山いただいてきた。

 

当事者以外だけでなく、当事者や、その関係者からの反発が大きかった。

みな一様に、「発達障害者は劣った存在である」という前提で話を展開しているのが特徴だった。

成功例は除外対象で、ネガティブな例だけ採用?

そうではない例として、発達障害を抱えていたとされる偉人の話(アインシュタイン、坂本龍馬、スティーブ・ジョブズ等)を口にしても、「特殊な例を持ち出して語るべきではないし、その他大勢は定型発達者よりも劣っている。」とされ、成功例を持ち出すことをタブー視する風潮があった。

そんな空気に、わたしはとても納得ができなくて、ずっとこのブログを通して「発達障害があるからと言って、卑屈になる必要はない」という発信を続けてきた。

現在の発達障害ブームが来る前から、何年もそんなことをしている。

記事冒頭のような、存在を根本から侮辱するコメントを受け続けることになり、心が折れそうになったことも、一度や二度ではなかった。

 

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天は人の下に人を造らないが、世の中はそうではない

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福沢諭吉は言った。

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。」

(元は、米国の独立宣言からの引用と考えられている)

 

天は人を平等に造るけれども、世は平等に造られてはいない。

福沢諭吉は「学問の有無で人間の真価が問われる」ということを説いている。

では、学問とは何か。

学問とは、「問題意識、真理の探究、創造性」からなるもの。

 

わたしたちは、常に社会に対して違和感をおぼえ、「自分は一体何なのか」という自己探究にも熱心で、生きながらにして学んでいると言っても過言ではないかもしれない。

持って生まれたものを否定するより、少しでも明るい方へ向かいたい

「発達障害者はクズだぞ?」という発言をするのは、定型発達者ではなく、当事者が圧倒的に多かった。

世間からの風当たりは強く、自尊心をバッキバキに折られた当事者の多くは、ものすごく卑屈になっている。

無理もない話だと思う。

部外者であるわたしが、このブログで理想論を語ったところで、そう簡単に回復するような傷ではないのだから。 

 

このツイートに関する記事:

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まあ、この記事も批判殺到したんですけどねー。

「恵まれている発達障害者」には本当に苦しみが分からないのだろうか 

Q:望月志乃は恵まれているので、分からないのだと思います。

 引用:【続・大人の発達障害と精神科の内情】寄せられた反響に対する精神科医からのコメント〜重度患者の現実〜

発達障害は個人差が大きく、能力や症状に差があるのも事実で。

生まれた環境や、運や、脳によって、それぞれの苦難がある。

わたしはわたしで、パーソナリティ障害を抱えている母親から虐待されていた過去や、就職したものの社会に適合できず、うつ病を患い、その後何年も引きこもるなど、決して平坦な道のりではなかった。

自分が恵まれているかどうかって、一体誰が決めるのだろう。

わたしの場合でいえば、自分ではあまり実感のないまま、他人から一方的に言われることの方が多かった。

自分が他人より劣っていると、一体誰が決めるのだろう。

わたしの経験でいえば、過去のトラウマから、自分自身でそう思い込んでいる人の方が多い印象がある。

月並みな言い方しかできないが、それらを決めるのは、結局自分自身なんじゃないのか。

凸凹があるわたしたち。

人間としての総合的な価値は、どこで決まるのか。

過去や現在に、“心無い誰か”に言われた侮辱の言葉を、後生大事に覚えていて、それらを全ての根拠にしていても、何もいいことはない。

本当に「大多数の発達障害者はクズ」なのだろうか?

みんなそれぞれに、能力値に凸凹があるからこそ、わたしたちは発達障害者と診断されている。

凹ばかりに着目し、凸に目を向けず、「そんなものはない」と言い切る当事者が多い。

 

本当なのかそれは。

本当に本当なのかそれは。

あなたにだって、いいところがあるんじゃないのか。

あなたにだって、できることがあるんじゃないのか。

 

私たちは、迷惑をかけるだけのクズなんかじゃない。

だってみんな、そうならないように、いつも一生懸命に生きている。

 

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米津玄師さんも高機能自閉症をインタビューで告白している

成功例を羨んだり“例外”にするのではなく、希望に変えて生きていこう

 

発達障害者は、わたしがこれまで散々寄せられてきたコメントのような、「生まれて来ない方がよかった劣等種」なんかじゃない。

 

日本中を虜にする才能があるかどうかなんて、生まれてみないと分からない。

社会に迷惑をかけるだけの存在かどうかなんて、死んでみないと分からない。

 

才能を持って生まれてきたって、自力で磨かなければ芽は出ない。

米津玄師さんだって、何の苦労も、何の努力もして来なかったわけじゃない。

 

仮に才能なんかなくったって、あなたを必要としてくれる誰かは、かならずどこかに存在する。

「自分が他人より恵まれているかどうか」を気にして、他人と比較していたって何にもならないから。

わたしが今まで、散々ここで言われてきたような、「劣等種」なんかじゃないということを、これからも発信していくよ。

  

天は人の上に人を造らない。

造るのはいつだって、世の中と、自分だ。