旧・望月志乃の ひびわれたまご blog.shinoegg.com

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター望月志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

頭では最適解が分かっていても、心と体がついていかないことばかり。

「どうしたらいいか」なんて、本当は誰に言われるまでもなく、自分が一番わかっている。これは、誰かに読ませたいわけでもなく、ただの脳内垂れ流し。

 誰もがいろんな問題を抱えながら生きていて、分かっていても理想通りに出来ないからこそ悩むのだし、シンプルな願いだったなら、悩むことなく一心不乱に向かっていることだろう。

わたしは実際のところ、人様に何かを偉そうにアドバイスできるような立場の人間ではなく、お悩み相談に答えるたびに、わたしは一体何様だろうかと、実像とのギャップにどんどん恥ずかしくなってくる。

わたしはそんな、たいした人間ではないのに、と卑屈に思いつつ、それでもこんな私に悩みを相談したいと思ってくださる方々の気持ちに、まっすぐ答えたいと思う。

こんなわたしにでも、誰かのためにできることがあるなら。

でも実際のところ、わたしはいつもそんな大義を抱いて記事を書いているわけでもなく。ただただ、次から次へと湧いてくる考えや言葉を、ありのままに垂れ流しているだけだ。そうしないと、頭の中がパンクしそうで、いわばただの排泄に過ぎない。それが結果としてそれが誰かの役に立っているのなら、それは素晴らしいことなのだが。分不相応な使命感に燃えることの驕りと自己愛と危険性のようなものを、しみじみと考えてしまう今日この頃。

「ただのウンコです。」

などと卑屈に表現することも、読んでくださっている方に失礼な話で。

そしてこんな風に卑屈になってしまうことも、わたし自身の意思ではないことも分かっている。これはただの抑うつ時の症状で、わたしが望んでいることではない。

生理前だったり、気圧だったり、天気だったり、わたし達の感情は、すぐに、そして簡単に、自分の意思とは関係なく外的要因に左右されてしまう。

こんな感情はわたしが望んだことではないのだけれど、湧いてでて来てしまうのも事実で、そんな自分をも認めて、愛していかねばならない。

わたしは今、非常にナーバスになっている。その事を自認しようと思う。

いつだって前に進むために、自分自身の弱さと向き合ってきた。その時々で、どうすれば自分にとって最善の道を歩めるのか、常に考えて行動してきた。うまく行くことばかりではないし、何遍試行錯誤をくり返しても、ぴったりくるものが見つからない。それでもめげずに探し続ければ、いつかは見つかるのかもしれないし、ただ何もしないままでは、自分が嫌になるばかり。くそ真面目に、正面突破で生きることしか、自分にはできやしなくて、その無茶をどうやって通すのかを考えている。

 

誰に愛されるかではなく、どうやって自分を愛するのか。

ままならないことばかりの中で、どうやって自分を信じたらいいのか。

できることを、できる範囲で、できる限り。

どうすればいいのかなんて、とっくに分かっているけれど、自分が選んだ道に対して誰かに「それでいいんだよ」と認めてもらったり、背中を押して欲しい時もあるんだ。

みんな同じだよ。わたしも同じだよ。

さてこれから、どうしようか。

とりあえず、薬を飲んで寝ることにします。