望月志乃の ひびわれたまご|ADHD主婦

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター望月志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

泣くのにも助走がいる

本当のことをいえば、泣きたくなんてないんだけど、

人生には、思いっきり泣いた方がいい時もある。

今のわたしは、まさにそれ。

こんなの たいしたことじゃない

幼い頃から、何か辛いことがあった時に「こんなの、たいしたことじゃない」と、感情を押し殺す癖がある。

そうすることで、自分の心を守っていたんだろうが、気づかないふりをしていただけで、今も昔も、きっとしっかり傷ついていた。

「なんてことない、平気平気」と、自分を騙し続けて、いつしかそれが当たり前になって、自分が本当に平気かどうかすら、わからなくなっていく。

自分を守るために手に入れた鈍感さ

心の表面を、鈍感にして、気づかない間に出来ていた、大きくて消えない痣。

 

そういう生き方をしてきてしまうと、「ここは泣くべきだ」、とわかっている場面でも、そう簡単に涙は出ない。 

「いやいや、そうは言っても、そんな大したことじゃないし。こんなことぐらいで、心を乱されたくないし。ってか、どうでもいいし。大人として割り切って、さっさと終わらせてしまいましょう。」

 

そう思っているはずなのに、何故だか眠れなくなってしまって。

いろんなことを考えて、止まらなくなってしまって。

精神安定剤を飲んでいるはずなのに、そわそわ、イライラと、いつまでも落ち着かない自分に気づき、(あれ、おかしいぞ?)と、ここでようやく、異変に気づく。

 

心の奥に押し込まれていた怒り

長いあいだ、心の奥に押し込んでいた怒りは、なかなか表面には浮き上がって来ないもので。呑気に(あれ〜?怒っているのかな〜〜)なんて、他人事のように考えてみたりして。

 

そして、そこから「自分は怒っているんだ」ということを自覚してしまうと、今度は後から後から湧いて出てきてしまう、やるせなさ。

自分が自分でいるために、自分で自分の尊厳を守るために、許してはいけない怒り。

しっかり怒って、怒りを噛み締めて、そこでようやく、そのさらに奥に隠れていた悲しみに辿り着く。

 

うれし涙や、もらい涙なら、簡単に出てくるのに、

押し殺した怒りや、悲しみの涙は、かなりの助走がいるもんだ。

 

大したことじゃないなんて嘘

本当はしっかり大したことだったから、大したこととして認め、私の中からしっかり成仏できて良かった。 

なんのこっちゃか分からないでしょうが、そういうことってあるよねってことで、ひとつ。