望月志乃の ひびわれたまご|ADHD主婦

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター望月志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

発達障害“ブーム”って何なんだろう?

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発達障害について取り扱うメディアが増えて、本もたくさん出版されている。

それなりに「ビジネス」として成り立っているようす。

巷では「発達障害ブーム」と呼ばれているらしい。

 

ブームという言葉には、どうしても「一過性のもの」を感じてしまう。

 

テレビで取り上げられるのが「なんか嫌」の正体を探る

最初に申し上げておきますが、見て分かる通り、今から話す内容は「わたしの好みの話」に過ぎません。

感じ方は多種多様であり、強制するものではないことを、まずお伝えしておきます。

 

  

見たくなければ見なければいい話なので、勉強のために視聴した方がいいと理解しつつも、とことん避けてしまっている私です。

 ブームが来る前、書籍化のお誘いを辞退した話

実をいうと、ありがたいことに、数年前に「ぜひ発達障害の関連書籍を」というお誘いを、複数社からご依頼いただきまして。

 

その時に、考えたんですよね。

発達障害には個人差があり、ステレオタイプな当事者なんか存在しないのに、

私が私個人の話を世に出すのは、他の当事者に迷惑をかけることになるのでは?」と。

 

私より重度の方にとっては、「こんな恵まれた奴と一緒にされたくない」という話だろうし、

私より軽度の方にとっては、「私はこんなに酷くないのに、一緒にされたくない」という話にしかならない。

 

そういう「自分1人の体験談でしかないものを、広く売り出し、商品化する」ということに、葛藤を抱えていた時期でもありました。

 

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発達障害者全体に配慮しつつ、誰にも悪影響を及ぼさない形で描き切る自信がなく、分不相応と感じたため、何社かお断りさせていただきました。

 

(ブームの波にのって、どんなんでもいいから本を書いておけば、今頃ワンチャン狙えたのかな?)と思わなくもないですがw

 

それだけの覚悟も技量も、当時の私にはなかったので、良い判断だと思っています。

どうせなら、ブームが終わった後も、ずっと大切にしてもらえるものを作りたいですしね。

 

一般人は、発達障害を適当に理解しがち

「興味を持ってもらう」ことがまずスタートラインで、達成しつつある?

何よりもまず、多くの方に存在を知ってもらうことが大切。

ブームになったことによって認知が広まり、「ひょっとして自分もそうなのかも?」と、長年の生きづらさの原因に気づくことが出来る。

まず、「発達障害というものがある」ということを、世に広めることから始めないといけない。

私は(よく誤解されるんですが)啓蒙活動そのものだったり、それによって生まれる支援活動を否定したいわけではないんですよ。

 

この記事けっこう怒られた

 

ただ、そろそろ次のフェーズを考えなければならない時期に来ているのかもしれないな、と感じています。

 

「発達障害者」の中にも多様性がある

個人差が激しいんです、本当に。

 

私は、掃除も、料理も、洗濯も、仕事もまともに出来ない、結構なボンクラですが(言ってて悲しくなった)。

 

わたしの当事者仲間には、

「ADHDは片付けができないことで有名だけど、私は掃除が好き!」な人だったり、

「ADHDは段取りが組めないって言われてるけど、料理が得意!」な人だったり、

「発達障害者はコミュニケーションが苦手って言われてるけど、社交好き!」な人だったり、

「発達障害者は仕事ができないって言われてるけど、バリバリ仕事してまっす!」な人もいます。

 

得意なことと、苦手なことがハッキリしていて、一口に「発達障害」といっても、いろんなタイプがいる。 

「発達障害」を知って欲しいんじゃなくて「自分のこと」を知って欲しいのでは

本当のところを言えば、そういうことなんじゃないのかなあと思うんですよね。

「テレビや本では、こういうことが書いてありましたが、私はこういうことが得意なんです。ただ逆に、多くの当事者が得意とされていることが、私にとっては苦手なんです。」という周りへの説明が、結局は必要になってくる。

 

「不特定多数の一般人に、どう理解されるか」よりも、

家族や、友人や、恋人や、職場の人など、そういう身の回りの人たちに、

「自分のことを知って欲しい」っというところに、結局は行き着くのではないかと。

 

私は勝手に思っているわけです。

 

消費されていく当事者たち

発達障害者は全体の5%という数字もありましたが、ブームになる程度には、ビジネスとして成り立っているってことなんでしょうね。

関連書籍も、この数年で爆発的に増えました。

 

「専門ではない精神科医院」に「自分も発達障害なのではないか?」という患者が大勢詰めかけ、「とりあえず、ストラテラを飲ませて大人しくさせる」という扱いをされてしまう現実もある。

結局のとこ、医療ですらもビジネスなんですよね。

 

大反響スマッシュ志乃フルボッコーズ(不謹慎) 

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発達障害ブームって何なんだろう?

こちらとしては一生の問題であり、ブームが去った後も、私達の人生は続いていく。

 

かつて「チワワブーム」が到来し、メディアで取り上げられるだけ取り上げられて、ブームが去った後には、保護センターにチワワが溢れかえったという話を思い出したりもして。

消費されるだけされて飽きられたらポ〜イになることは避けたい。

 

「しっかりと理解してもらえる機会」が増えるのは有難いことではある。

ただ、発達障害には、激しい個人差がある以上、「発達障害」という大きな括りで語ると、どうしたって誤解も一緒に広まってしまう

 

そして、一度誤解をされてしまうと、傷つくことが増えたり、誤解を解く労力が必要になる。

 

「キャッチーで、簡単で、わかりやすいもの」が広まりやすく、消費されやすい

発達障害は、キャッチーでも、簡単でも、わかりやすいものでも無いんだけど。

それをそのまま説明しても、「面倒くさいな〜、で?結局どうして欲しいワケ?」と、途端に広まりにくくなる。

 

「1人1人を見てください。自分(orうちの子)の苦手なことはこういうことで、得意なことはこうです。」と、身の回りの人間に伝えていくということに、結局はなるんじゃないのかしら。

 

啓蒙は必要なことだし、ありがたいことではあるんだけど

わたしと考え方が全く合わない人が、このブログの発信力に危機感を抱くように。

発達障害者の中にも多様性があり、価値観があり、

自分に関係することを、自分以外の人間に語られることに、抵抗があるタイプもいる。

 

一過性のものとして、このムーブメントがいつか終わってしまったとしても。

当事者それぞれが、身の回りの人間に、自分の言葉で、自分のことを理解して貰えるなら、それでいいんじゃないかな、と思っている次第です。

 

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ではまた。