望月志乃の ひびわれたまご|ADHD主婦

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター望月志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

発達障害があっても、幸せになれる

発達障害の情報をネットで調べてみると、出るわ出るわ、当事者たちの悲痛な叫び。

“自分達がどれだけ困っているか”を表明することは、「発達障害者の苦労を、正しく知ってもらい、認知を広める」上で、必要なこと。

ただ、当事者の話を調べれば調べるほど、不幸話ばかりで、暗い気分になってくるのも確か。

それらを見た若者たちが「お先真っ暗だ」と思うのは、避けなければならないと思う。

世間に苦労を広める役は、他の方に任せて、私は私の考えを発信していく。

 応援したくなるのはどっち?

卑屈で、苦労話ばかりするAさんと、

謙虚で、前向きな話をするBさん。

 

Aさんにどれだけ「そうなるだけの理由」があっても、人がつい応援したくなるのは、Bさんの方。

困難があっても笑顔で、前向きに人生を歩こうとする人が愛される。

まったく理不尽な話だけれど、実際のところ、そういうものだと思う。

 

でも、私たちは、誰かに苦労をアピールするために不幸でいるわけでも、

他人から応援され、認められるために生きているわけでもない。

 

大切なのはむしろ、他者からの評価を気にせず、自分らしく生きること…なんだよねー。

本当はみんな、わかっているけど、現実にはそう思えなかったり、困難に直面することばかり。

 

幸せを実感することは「現実から目を背ける」こと?

「発達障害があっても、幸せになれる」という話をすると、必ず反発がある。

「たまたま運が良かっただけ」であるとか

「生存者バイアスだ」であるとか

「環境に恵まれているだけだ」であるとか

「軽度か、もしくは自称しているだけ(偽者)だ」であるとか

(なぜか)「発達障害者に苦労させられている人の気持ちを考えていない」だとか。

「辛い現実から目を背けているだけだ」とか。

運もある。だけど、それだけではなかった。

確かに、私は恵まれている面があるのだろうし、周りの人には感謝をしている。

「運じゃない!私は恵まれていない!」と否定することは、恩人の気持ちを否定することにもつながる。

まあ、薬(ストラテラ)は笑っちゃうくらい高いし、天気が悪いだけで1日動けなくなるし、夜は眠れないし、子育ては困難なことばかりだし、終いにゃ「うつ病」が再発してしまったしで、大変なことも多い。

 

大学は中退するし、就職もうまくいかないし、家族には日本語が通じないし、付き合っていた男には4股されるし、友達には裏切られるし、ド鬱になって引きこもり、孤独をこじらせて自殺寸前まで追い詰められるしで、

20代までは、我ながら悲劇的な人生だった。

 

けれど、出会った人たちのおかげで、学んだことが多かったのも確か。

恨みがましく思ったこともあったけれど、今は申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちでいっぱいだ。

それらを経たからこそ、今の環境に心から感謝できるし、旦那と出会ってからの人生を、気に入っている。

紆余曲折の末に、理解者を得られた私は、恵まれているんだと思う。

 

「みんな」に認められるのではなく、大切な人を大切にしよう

あなたにも、大切な人はいないだろうか。

あなたにとって理想的な関係ではないかもしれないけれど、あなたを気にかけてくれる人はいないだろうか。

家族でも、友人でも、ネットの友達でも、近所のおばさんでもいい。

あなたの話を、聞いてくれる人はいないだろうか。

 

「人は1人では生きられない」とはよく言ったもんで、

「全くいない」と思っている人も、誰かの愛情を受けて生きている。

 

今日食べる肉も、野菜も、お米も、飲み物も、どこかの誰かが心を込めて作ったもので、それらを食べて、生きている。

感謝の芽は、探そうと思えばいくらでも見つかる。

 

あなたもきっと、どこかで恵まれている。

ただ、それに気づかないだけだ。

 

いつか出会う誰かのために、今できることを考えよう。

いつか出会うかもしれない大切な人を、カサンドラ症候群にしないために、今できることを考えよう。

 

治療中の人は、しっかり養生して、

認知に歪みのある人は、カウンセリングを受けて、

大切だと思える人に、「いつもありがとう」と伝えよう。

 

「世間の人」の気持ちはコントロールできない

これからどんどん、発達障害の認知が広まっていく。

ただ、きっと私たちへの偏見がゼロになることもないだろう。

 

世間の人がどう思うかは、この際置いておいて、あなたの大切な誰かを大切にできたら、あなたはきっと幸せになれる。

ただ一言、「ありがとう」を伝えることから、すべてが始まっていく。

 

わたしは、そう思う。

 

きっと、なんとかなるよ

何の根拠もないけどさ。

 

私たちは、生まれた時代が悪かったのかもしれない。

それでも、戦時中よりはマシかもしれない。

 

私たちは、一般の方々よりも、苦労が多いのかもしれない。

一般の方々に、迷惑をかけ、疎まれることもあるかもしれない。

 

それでも、私たちは幸せになれるし、なっていいんだよ。

井戸の底のような、ドン底の気分だとしても、顔を上げて、空の光を探すしかない。

 

現実の困難から目を背けるでもなく、

視野狭窄になって誰にも感謝できずに、孤独をこじらせるでもなく、

生まれた環境や、今いる環境を嘆いてばかりでもなく。

同じ障害を抱えながら、幸せにやっている誰かを、妬むのでもなく。

 

前向きに諦めよう

だって、しょうがない。

この自分を愛して、生きていくしかないんだもの。

 

周りがみんな暗い顔をしていたとしても、あなたはいつでも笑顔になることができる。

 

幸せを見つけている当事者も、たくさんいる。

あなたもきっと、今のあなたのままで、幸せになれる。

それを信じることを、どうか諦めないで欲しい。

 

辛いことがあっても何とか生きていこうと、毎日頑張っているあなた。

他人から色々と責められることもあるだろうけれど、私がここから、応援しています。

 

続きを書きました。

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