望月志乃の ひびわれたまご|ADHD主婦

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター望月志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

「発達障害じゃない方がいい」ですか?

私はそうは思いません。

 

幼児を育てていると、「うちの子、発達障害だったらどうしよう?」と心配する親御さんを見かけることがあります。

不安になるのも当然です。

現実問題、発達障害児を育てるというのは、一筋縄ではいかない、大変なことだらけです。私も第二子の妊娠を検討する際、そこで非常に悩みました。

「そんなこと言われましても」感 

嫌だなあと思うのが、「うちの子は、発達障害児“なんか”じゃない!」とムキになって否定する方や、「あの子、発達障害なんじゃない?」と噂をする、第三者のヒソヒソ話。

 

「発達障害じゃない方がいい」、という価値観に触れる時。

発達障害児をバイキンか何かのように扱う保護者の陰口を聞いた時。

 

持って生まれたものを否定されるわけですから、こちらの感覚としては

「うちの子の血液型は、AB型なんかじゃない!」とか

「あの子、日本人なんじゃない?」と後ろ指をさされるようなもんです。


シンプルに考えて、失礼な話ですよね。

 

そこで「失敬な!」と思えずに、「私はどうしてAB型なんかに生まれてしまったんだろう…」と思ってしまう当事者もいる。

 

「AB型に生まれたらどうしよう〜〜〜!!ヤダ〜〜」って、

 

AB型の、日本人歴29年(※)ですが、あの、それが何か!?という気持ち。

 
※本当は36年です♡

サバの三十路

サバの三十路

ADHD特性を愛しているから怒りが湧く

ADHDな自分を愛しているし、ADHDな友達を尊敬している。

苦労も多いけど、ADHD型人間で良かったと、心の底から思っている。

だからこそ、「失敬な!!!???」という気持ちが湧く。

 

この気持ちが、「自尊心」というものなんでしょうね。

自尊心がないと、理不尽な侮辱に対して、正しく怒ることもできなくなる。


無難に生きることはまずできない

日本社会というものを見ていると、とにかく「無難至上主義」だなあと感じます。

無難に、失敗しないように、堅実に、迷惑かけないように、悪目立ちしないように。

 

そうでなければ、苦労の連続。

でも、それが出来たら苦労しないんですよね。

わかります。ええ、わかります。実感を持って、わかりますとも。

 

無難に生きたい、無難こそが正義だという価値観の人にとっては、厄介な人種なのかなあと思います。


はみだしっ子、世にはばかる 

ただ、発達特性を持って生まれてくると、良くも悪くも「はみ出してしまう」。

問題児扱いを受け、同級生から、保護者から、迫害を受けることがある。

 

実際のとこ、問題を起こしがちなのかもしれないし、だからこそ厄介なのかもしれない。周りに迷惑をかけないように、どんどん萎縮するようになる。

 

だけど、「周囲に迷惑をかけないように」と努力することが、悪いことだとも思わない。

だからこそ我々は「真面目であるほど」生きづらい。

 

ただ一方で、よく分からないことで嫉妬されることもある。

 

はみ出したくても、はみ出せない人もいる

「無難至上主義」と同時に、「出る杭は打たれる」。

「出る杭」であることに、嫉妬する人もいる。

好きで目立っているわけではないのに、「調子に乗ってんじゃねえ」と絡まれる。

 

調子?

調子に乗ってたのかな私?

言われてみると、確かに調子に乗ってたのかもしれないし、厳密に言えば否定はできないけど、それはともかくとして、どうしてこの人はそんなことで怒っているの???

 

「……調子とは…(志乃、哲学の世界へ)」

 

「おまえ、ふざけてんじゃねえぞ!」

 

ふざけてる?

ふざけてたのかな私?言われてみると(以下略)

 

訳がわからないまま嫉妬され、訳がわからないまま叩かれる、そういう経験がありませんか。私はあります。

 

「普通はそんなことしないよね〜。どっかおかしいんじゃないの〜〜?」

 

集団の中で、没個性であることを良しとしながら、個性的であれと教育され、実際に個性的であると叩かれる。

本当に不思議な世の中ですよね。

 

「なるほど、私、普通じゃないのか。」

「は?自分は何か特別な人間だとでも思ってるわけ?お前なんか、普通だよ!!!」

 

………普通とは…?(志乃、哲学の世界へ)

 

つまり「普通じゃない」というのは、「特別」で、価値があるということ。

普通ではないことを否定されながら、嫉妬されるほどには価値がある。

 

こんなことを書くとまた「勘違いしてんじゃねえよ!!」というヤジが飛んで来そうですが。

「何か私に問題があるに違いない…!」と、いちいち大真面目に思い悩んでは、「志乃…それたぶん、嫉妬されてるだけだから…気にしなくていいから…」と、たしなめられることが本当に多い。

私だって、本当に嫉妬なのか、これを描いている今も半信半疑なわけですが、本を読んだり、客観的な意見を集めてみると、どうやらそういうことらしい。


普通なのか、普通じゃないのか、どっちなんでしょうね。

どっちでも、いいんでしょうね。

 

ADHD型人間で良かったと思う理由

  • 好きなことに没頭できる(得意分野がある)
  • チャンスに尻込みしない(衝動的・積極的)
  • マイペースに生きられる(そうとしか生きられない)
  • 面白がられる(嫌な人は嫌だろうなあ…)
  • 影響力がある(よくも悪くも周囲を巻き込む…)

掘り下げればもっとありそうですが、ざっと思いつくだけでもこれくらい。

長所は短所であり、短所は長所であるとは、よく言ったもんですよね。

 

長所をコントロールできなかった場合に、短所として扱われてしまうのかなあと思います。

力があるのは確かで、それを周囲のために使えばいい。

子どもの頃は難しくても、失敗を繰り返すうちに、大人になる頃にはコントロール術が身についていく。少しずつ、少しずつ。

 

生まれたばかりの赤ちゃんや、世に出てから数年しか経っていない幼児にそれを求めるのも無理な話。

だからきっと、焦ることなんてないんだよね。

 

孤独じゃなければ生きていける

映画「サマーウォーズ」の中で、「おなかがすいていることと、独りでいることが、いちばんいけない。」というセリフがありますが、これは本当にその通りだと思います。

 

ご飯を食べなければ体が死ぬし、孤独でいると心が死ぬ。

逆に言えば、ご飯を食べて、誰かがそばにいてくれれば、それだけできっと生きていける。

それに、「失敗アレルギー」な世の中だけれど、本当はみんな、完璧な人より、抜けている人の方が好きだったりするんだよね。

 

誰もが、サザエさんや、のび太や、寅さんのように、日本中の人から長く愛される存在になる可能性を秘めている。

ただ、「他者から愛される」ことに必死になると、またおかしなことになってしまうから、そこは注意が必要だと思います。

自分を愛そう

「発達障害なんかに生まれたくなかった」と思うほど、苦労の連続。

もしかしたら、「日本に合わない」というだけで、海外ではうまくいくかもしれない。

 

「そんなこと、できっこない。」と思うのは、それだけ失敗経験が多いから。

それ以上に、(どんな小さなことでもいいから)成功体験を重ねることでしか、自尊心は回復できない。

「好きなことになら没頭できる」という強みもある。

一発逆転は難しいかもしれないけど、少しずつでも、自分を好きになれればそれでいい。

 

「同じ血が流れている人間じゃないか!」ってセリフがありますが、血液型だって4タイプに別れているんだから、脳みそのタイプだって種類があって当たり前。

 

侮辱されたら、怒っていい。

胸を張って生きよう。