ひびわれたまご

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター・志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

ご意見・ご感想への返信についてのお詫び

どうも。志乃です。

いつもお世話になっております。

 

先日の「優しい子は損なのか?」という問いかけを、色んな形でご紹介いただき、たくさんの反響がありました。

 

読んで下さった皆様、そして、考えてくださった皆様、本当にどうもありがとうございました。

 

今回は、いただいたご意見やご感想への返信についてのお詫びです。

 

このブログにはコメント欄が設けてあり、有り難いことにご感想を頂くことがあります。

承認制なものの、よっぽどのことがない限りは公開させていただいております。(それでも承認制にするのは、承認制とすることで、荒らしコメントを書き込む前に抑止する効果があるためです。)

 

このブログのコメント欄へ、熱意が感じられるコメントを頂くことがよくあり、本当に有り難く思っております。ありがとうございます。

 

このブログで取り扱っている題材が、生と死、うつ病、発達障害、生きづらさ、人生など、複雑で重たい問題が多いこともあり、コメント欄でもそれが反映されているように思います。

 

本来であれば、それらの1つ1つに、同じような熱量と、同じような文量で、真摯に対応していきたいところなのですが、自分の器を超えており、難しさも感じています。

書くとしても、わたしは最初から反論をする気がないので、要約すると

「ご意見ありがとうございます。色んなお気持ち、色んな立場、色んな見解があって当然かと思います。たいへん勉強になりました。今後の参考にさせていただきます。」と、その時のこちらの感情が本物でも、誰に対しても同じ言葉を繰り返すだけの、誠意の感じられない対応になる気がします。

それで、どうしたもんかと思い、返信ができずにいます。

 

ツイッター等でも、いつも様々なご意見やご感想を戴くのですが、特に多いのが「考えさせられました。」というもの。

 

私としては「考え過ぎ」な自分の考えごとを、誰かに聞いてほしくて書き連ねているだけで、疑問を投げかけるような書き方はしても、あくまで自問自答の延長みたいなもので、考えさせようとか、読んだ人の考えを否定しようとか、変えさせようという気は、あんまりないんですよね。

 

周囲を散々自分の考えごとに巻き込んでおいて、他人の意見には「なるほど、あなたはそれでいいんじゃない?」という顔して無反応って、人としてどうなんでしょうね?????

 

「あなたは自覚なく、周囲を自分の渦に巻き込むことがあるから注意しなさい。」と過去にアドバイスされたことを思い出します。

 

酷い話ですね。

酷い話ですよ。

 

私に付き合うことで、疲れてしまうこともあるかと思います。

そう考えると、これまで体験してきた様々なトラブルや悲しみの原因が分かったような気がして。

 

「人の話をちゃんと聞きなさい!!」

 

それな。

ごめんなさい。

いつもありがとう。

 

どうせ巻き込むなら、楽しいことがいいですよね。変な言い方ですが、陣痛なうの時も、失敗料理をネタにしてトゥギャッターでまとめてた時も、ブラックタルトタタンの時も、ネットラジオの時も、私は「みんなと楽しむ」のが好きでやっていたのかもしれないなと。

 

やり過ぎて怒られて、

怒られたことにしょんぼりして、

大人しくしてると嫌になってきて、

落ち込み方もいちいち目立ち、

ある時、ぷつんと爆発して、振り出しに戻る。

 

 

 

 

子どもか。

 

 

 

ごめんなさい。

 

ごめんで済むのかどうか分からないけど。

(スピリチュアル系のお話が苦手な方はすみません)、仲良しの占い師さんに、「志乃さんは(タロットの)19.太陽の化身みたいな人」と言われ、何かのヒントになるかと思い、改めて調べてみました。

 

「太陽」には、「無邪気」であったり、「エネルギー」だという意味のほか、「ありのまま」「解放」という意味も含まれていて、自分を否定したり、意気消沈したりすると、反動も大きい模様。

 

太陽は場の中心にいて「明るさ」だったり、「光」だったり、「あたたかさ」でポジティブなエネルギーを持つと共に、それが強過ぎると、「熱」で干ばつや温暖化など周囲を巻き込むこともある。

 

わたし自身、太陽の下より、日陰のジメッとしたところが落ち着きます。

 

わたしが本当にそんな大層なものなのかどうかはさておき。

話を元に戻しますが。

 

「考えごと」は私にとって呼吸のようなもので、やめられるものではなく。

苦しいものでもあり、楽しいものでもある。

「文章にして外に出す」のは、私にとって排泄なようなもので、これまたやめられそうにない。

 

それによって、巻き込まれる人もいる。

 

じゃあ、今後どうして行くつもりなんだって話で。

 

コメント欄や頂いた感想に対して、これまで通り、個別に返信はできないと思いますが、閉鎖はしません。

色んな人が、色んな立場から、自分の意見を言うことで「それぞれに色んな人がいるんだな」と知ることが、多様性を尊重し合える社会につながるのではないかと思っているからです。

 

うまく言葉にはならなかったとしても、自分自身の言葉にしたり、それを誰かに聞いて貰ったりすることで、すくわれることも沢山あるんじゃないでしょうか。

 

また呼びかけるような書き方をしてしまいましたが、「わたしは」そう思います。

 

ただ、コメントへ返信は出来ないけれど、ちゃんと読んでいるし、ありがたく思っているという、感謝とお詫びの気持ちを伝えたくて、この記事を書きました。

 

いつも、どうもありがとうございます。