ひびわれたまご

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター・志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

【ADHD専業主婦の苦悩】「女はいいよな」に思うこと〜依存と見捨てられ不安〜

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どうも。志乃です。

今日は度々話題にのぼる「女の発達障碍者はいいよな、いざとなったら専業主婦に逃げられる」に対するアンサーのようなものを書きます。

ちょっと、こみいった(?)お話になるかと思います。

立場が違えば悩みも変わる&隣の芝生は青く見える

まず最初に申し上げておきたいのは、「女の方が辛いのよ!キー!!」ということではございません。

大きな括りで辛さ比べをしてみたって、「俺(男)の方が」「私(女)だって!」とムキになってしまうばかりで、誰も幸せになりませんし。不毛。

 

自殺者の割合が、若い男性が多いことを見ても、男性にとって大変な時代なのだろうとお察しします。

それに私は恵まれている部分も大きく、旦那に感謝しても仕切れません。

 

じゃあ何で、この記事を書くのか。

立場は違えど、誰もが精いっぱいな中で生きていて、「逃げている」わけではない。

「楽な逃げ道」なんてないし、女に産まれたからって無条件でイージーモードなわけはない。

みんな大変だけど、出来る限りで頑張っていこうってことをお伝えしたいです。

男のADHDにできないことは、女のADHDにもできない

ADHDがまだ今よりも認知度が低かった頃、「片付けられない女」というキャッチフレーズで話題になりました。

私もそれで自覚したクチです。

バラエティ番組などで、「汚部屋住人」が面白おかしく取り上げられ、笑いものにされているコーナーをよく見かけます。最近だと「女性なのに」という部分をクローズアップする要素も加わりました。

ああいうのを見かけるたび、差別的な扱いに哀しくなります。男性だったら「もう~、だらしないんだから~!、男の人って、しょうがないわね!」で済まされていることが、女性になると「女のくせに、だらしない!信じられない!」という、糾弾の対象になったり、嘲笑の対象になる…ということが、よくあります。

離婚の理由になったりね。

 

「そんなんじゃ、お嫁の貰い手がいないよ!」も、よく言われました。

 

片付けられない。

段取りが組めないから料理も苦手。うっかり焦がし、食材を無駄にしてしまって自己嫌悪…なんてことも、しょっちゅう。

※料理が得意なADHD女性もいます。好きなことになら集中できるのもADHDの特徴。

 

身だしなみを整えるのも、あまり得意ではありません。

対人が苦手で、ご近所づきあいも、満足にできません。

「ちゃんとした母親」になりたいのに、なれません。

陰口を叩かれたり、説教をされたり、笑われたりもします。

 

だらしのない自分に、落ち込んでしまう毎日。

そういう「ADHDあるある」は、男だろうが女だろうが関係ありませんよね。

ADHDの症状に、個人差はありますが、「性差」って一体どれくらいあるんでしょうね。 

家事ができない専業主婦の行く末

考えてみたことはありますか。

「家事をするのが仕事」なのに、その家事が人並みにできない。人並みにできたとしても、維持にはかなりの労力がかかる。

無理をしなければ、生活が成り立たない。

 

何のためにここにいるのか。

自分はここにいてもいいのか。

人はただ生きているだけでお金がかかるのに、何の役にも立たない自分。

ただの、ごく潰しなのではないか?

愛する人を支えることもできず、負担にしかなっていない気がする。

自分は必要のない人間なのではないか?

このままじゃ、きっといつか捨てられてしまう。

離婚されたらどうしよう。 

 

ADHDを抱えた主婦の多くが、多かれ少なかれ、同じような不安「離婚されるかもしれない」を抱えていると私は考えます。実際に、心無い暴言を吐かれ、離婚されてしまう人もいます。 

知らず知らずのうちに、依存してしまい、パワーバランスがおかしなことになったりもする。

「女は股を開けばいい」に対する反論

 突然、下品な話で申し訳ありませんが、少々お付き合いください。

どうも、そのように考える若い男性が多いようなのです。実際は、そんなに甘いものではありませんよね。女の股力を、ずいぶんと高く見積もってくれているのだなあと感じます。

妻子を一生涯面倒みるのに、いったいどれだけのお金がかかるのか。

ウン万円があればいくらでも性欲が処理できる時代に、同じ女との性行為に、そこまでの価値があると思うのか。

特にこの国では、「女は若い方がいい」という、若さが持てはやされます。

妻は老います。にんげんだもの。みつを。

 

30過ぎればババア呼ばわり。晩婚化がすすみ、20代後半で結婚すれば早いほう。

つまるところ、賞味期限は数年?

「愛があれば何のその!」は流行らず、「結婚はコスパが悪い」などと言われる始末。

 

相手次第ですし、実際はわかりませんけども、世間に(特にネットの世界では)そういう風潮が強く、女性たちはそのプレッシャーを肌で感じることが多いのです。

日本は女尊男卑だ!」という人がいますが、それも勘違いでしょう。

正しくは、「日本(のネット社会)は美少女尊その他卑」のことが多いです。

 

そんなもんです。

言っている方も、本当は心のどこかで、分かっているんだと思いますが。

 

「対等」でなければ夫婦生活は破たんする?

昨今、家事労働や専業主婦の価値が見直されつつありますが、なんだかんだで「稼いでいる方」が家庭内でイニシアティブをとりがち。

専業主婦になりたがる女性は批判されたりと、「共働きが当たり前」の時代です。

 

ADHDだから家事も苦手。

ADHDだから育児も下手。

ADHDだから就労も難しい。

あれもダメ、これもダメ。

 

でもそれは「ADHDを言い訳にしている」と受け取られ、全てが「甘え」と見なされる。

そのことに文句を言いたいわけではなくて、当然の心理だとも思う。

何の役にも立たない女が、家でダラダラしてても、だらしなくても、何だかんだで面倒をみてくれるのは、いるとしたら、自分の母親か、共依存の相手だけでしょう。

 

男性の場合、しっかり者の奥さんをお嫁さんに貰えたら、お母さんの代わりにやってもらえるのでしょうが、今のご時世、それも嫌がられるでしょうね。

パートナーは、人生を共に歩む人であって、無償の愛を与えてくれる存在ではありません

で、無償の愛がもらえなかったかといって、相手を責められることでもない。

 

女に産まれてもイージーモードではないけれど

「アナと雪の女王」の挿入歌、「愛さえあれば」の歌詞にあるような世界が、きっと理想の世界なんだろうなと、よく思います。

「愛さえあれば」は、作中、ヒロインのアナと、クリストフの結婚を祝うためにドワーフ達が歌う歌で、「欠点があるもの同士の愛」をテーマにしています。

 

人は簡単に変わることは出来ないけども、愛の力にはパワーがある」とか

お互いに完璧じゃないけれど、問題もあるけども、それでいいんだ」であるとか

たくさんのメッセージを感じることができます。

 

でも実際は、そんな理想通りにいくとは限らない。

そんなに甘いものじゃない。

誰もがそんな温かい愛情に包まれているわけでもない。

最初にどんなに大きな愛があったって、どちらかに負担の重さが偏ってしまえば、関係も簡単に壊れてしまうものなのかもしれない。

「愛」に甘えて自立することを忘れてしまったら、愛する人の負担になってしまう。

 

愛と依存依存と負担負担とバランス

なんだかんだで人間関係は、ギブ&テイクで成り立っている部分が大きいと、私は思う。 

 

今の自分にできることを、やっていくしかない

薬に頼るのもいいし、家事代行を頼むのもいい。

自分に甘すぎてもダメだし、厳しすぎてもいけない。

「ありがとう」を大事にして、常に伝え合ったり、お互いに尊敬の気持ちを表明したり。

テイクばかりの自分に、自己嫌悪して押しつぶされそうになっても、得意なことで家庭に貢献したらいい。

それが人によっては「働いてお金を家に入れること」かもしれない。

実際わたしも、専業主婦時代より、働いてお金をいただいている今の方が、精神的にラクです。

 十分な経済力が自分にあれば、「捨てられたら、どうしよう?生活できない」という、大きな不安も減るわけですし、パートナーの顔色をうかがって情緒不安定にならずに済むでしょう。

 

家族に「あげられるもの(=ギブ)」がなんなのか、いつも考えています。

 

「ここにいてもいいんだ」って、自分に自信を持てるように。

色々困難もあるけども、頑張って生きましょうね。

 

現場からは、以上です。

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