ひびわれたまご

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ひびわれたまご

大人の発達障害(ADHD)当事者のイラストレーター・志乃が、生きづらさや”楽”について考えるブログ。

本当はみんな、自分の頑張りをただ認めて欲しいだけだったりして。

日々の考察 子育て・育児 うつ病と社会
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ツイートのまとめです。

 

「すべて自己責任」なのか?

「ミスは甘え」「貧困は甘え」「うつ病は甘え」「発達障害は甘え」「甘えるな努力しろ」「○○のせいにするな」等々。

そもそも助ける気がない?

関連記事:正論に誰も異論はないが、正論で人は救えない。 - ひびわれたまご

 

優秀な人は、自分の基準で考えがち?

「できない」ということを受け容れ、マイペースに生きていく人間もいる。

関連記事:発達障害者は「ありのまま」でいてはいけないのか問題 - ひびわれたまご

「当然」を追及すると不寛容・不自由になる

「○○して当然だ」「○○すべきだ」「○○しなければならない」。

「寛容になって当然だ」「寛容になるべきだ」「寛容にならなければならない」…これも、誰か(自分含む)に押し付けた時点で、やっていることは同じ。

関連記事:自分で自分のことが分からない問題(大人の発達障害) - ひびわれたまご

「自分に甘く、他人にも甘く」ではダメなのか?

関連記事:なぜ「Take it easy」な育児は許されないのか - ひびわれたまご

だから、色んな人がいていいし、色んな人がいるから良い。

もしかしたら、私が世界の「優しくない場所」ばかり選んで見ているだけで、思っているより、世界はずっと優しいのかもしれません。

ネットの世論を見ていると、不寛容さが顕著に表れている気がします。

アプローチの違い?誰もがより良い社会を望んでいる?

世の中をよくするために、厳しさを持って接する者もいれば、寛容さを持って接しようとする者もいるんですよね。

それら全て含めて「多様性」というならば、現状で何も問題はなく、全体としてよい方に向かっていると言えるのかもしれません。

 

みんな、頑張ってるんですよね。

 

現場からは以上です。

 

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